第20回:フランク/<3つのコラール>より第2番 ロ短調

 僕にとって最初の職場になった施設にはパイプオルガンがありました。それはコンサートホールの中に鎮座する、というものではなく、施設全体のエントランス(入口)の空間に設置されていました。しかも、可動式の仕切り壁を何か所か持ってくることで、ほぼホールのような状態にすることが出来るという、よく出来た作りにもなっていました。本格的なリサイタルの場合は、更に僕たちスタッフが300脚ほどの椅子並べをしていました。
 ただ、その施設では本格的なオルガンのリサイタルは、当時は年に1回ぐらいだったと思います。じゃあ、その日以外にオルガンの音を聴くことは出来ないのか、というとそんなことはありません。毎月の全ての土日ではないにしても、その半分前後の日数で<プロムナード・コンサート>という、オルガン演奏に触れてもらえる機会を設けていました。1回あたりの時間は大体20~30分、それを1日のうちに2回行う、というかたちです。エントランスの空間で、座って聴いたり、立って聴いたり、皆さん思い思いのスタイルで楽しまれていましたし、しかもその間でも来館の人の行き来が自由に出来る、というその大らかな雰囲気が僕は好きでした。
 普段の<プロムナード・コンサート>は、ほぼ東京芸大のオルガン専攻の学生さんが演奏し、やはり自身もオルガン奏者でもあるスタッフのMさんが担当として付いていました。しかし、その担当、というのが実は大変な仕事で、本番の時の譜めくりだけではなく、演奏助手(アシスタント)としての役割もこなさなければならないのです。
 オルガンの鍵盤部分を間近で見たことのある方はご存知だと思いますが、鍵盤の他にたくさんのボタンのようなものがその付近にあります。それらはひっくるめて言えば「ストップ」と呼ばれ、それらの組み合わせにより音色を変えることが出来ます。オルガン曲の楽譜を見ると、ストップ操作についての指定が予め記されていることもありますが、演奏者に委ねられていることの方が多いと思います。
 オルガニストが大変なのは、手鍵盤だけでなく足鍵盤まであるための全身運動ばかりでなく、演奏しながらのストップ操作も必要ですし、曲の何処でそれを行うのかも決めておかなければならないということです。しかもオルガンという楽器は基本的に同じものは一つとしてない、つまりいちいち別物なのです。それはオルガンの設置される場所や用途等の条件によって機能も違うことを意味します。Aというホールのオルガンで出来たことが、Bのオルガンでは出来ない、ということも珍しくはありません。
 僕が居た施設のオルガンには、予め決めておいたストップの組み合わせをいくつかのパターンで記憶し、順送り出来るような電気的な装置が付いてはいました。演奏者自身でそれを操作出来なくはないのですが、曲によっては横に居る助手がそれを手伝わなければいけない、ということもありました。で、僕も何度か<プロムナード・コンサート>で助手を務めたことがあり、譜めくりプラスストップ操作の補助なんかもやったことがあります。自分自身の演奏でない分だけ、却ってドキドキしながら務めていたように思います。とは言え、オルガンの生の音色や演奏の様子に直接的に親しむことが出来たという意味では、とても良い経験でした。
 さて、その<プロムナード・コンサート>でよく弾かれていたのはやっぱりヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)の作品だったはずです。まあ、作品数も多いし実際名曲も多いので。もちろん、オルガンのための作品はバロック以前から現代に至るまでずっと書き続けられていますが、僕が一時期とても興味を持っていたのはフランスの近代、具体的には19世紀後半から20世紀にかけて活躍していたオルガニストとしても活躍した作曲家たちの作品です。例えばシャルル=マリー・ヴィドール(1844~1937)やルイ・ヴィエルヌ(1870~1937)といった人々。音楽史の大きな流れで言えばロマン派から近代にかけての時代であり、リヒャルト・ヴァーグナー(1813~83)やクロード・ドビュッシー(1862~1918)等に代表される、和声の拡大をはじめとした音楽的表現の拡大が多くの作曲家に影響を与えた時代です。そういったものがオルガンがもともと備えていた表現力、多彩さや巨大さと結び付くことで、バッハの時代とはまた違った魅力を放っているのです。
 ヴィドールやヴィエルヌの流れを受け継いだのは20世紀後半を代表する作曲家だったオリヴィエ・メシアン(1908~92)ですが、逆に彼らの流れの源になったのがセザール・フランク(1822~90)です。
 フランクというと、多くの人にとってはまずは<ヴァイオリン・ソナタ イ長調>でしょうし、オケ好きからすると<交響曲 ニ短調>でしょう。もちろん、僕はそれらも大好きですが、今日は彼の遺した作品たちの中ではかなりの割合を占めるオルガン作品から1曲挙げたいと思います。それはフランクが世を去る直前に完成させたオルガンのための<3つのコラール>の第2番 ロ短調です。
 フランクの音楽はたとえ終結部が輝かしいものになっていたとしても、そこに至るまでの紆余曲折ぶりが半端ないと思います。メロディや動機の中の一つの音が半音上下することで示される小さな変化が転調を呼び、それが次々と流れの中で起こります。音の動き自体はしなやかですが、一方でなかなか高揚感は持続しません。敢えて吹っ切るのを止めて、そして敢えて葛藤を繰り返す方を選んでいるようにも見えるぐらいです。その極端さが慎重に避けられたドラマに、むしろフランクという人の実直さや正直さが現れているような気もします。<3つのコラール>のどれもがそういった要素を含んでいますが、その中では第2番が僕の性には合うようです。
 第2番 ロ短調は、決して峻厳さはないにしても荘重な気分のテーマを中心とした作品です。そのテーマがパッサカリア風に繰り返され、新たなメロディを加えながら落ち着いた後、一旦劇的な部分が現れます。しかし、それはテーマによるやはり荘重なフーガを導き入れるための動きでしょう。テーマと前に出たメロディが絡み合いながら、次第にひとつの大きな流れが形作られていき、その頂点でテーマが決然と現れますが、そこからまた音楽は次第に勢いを弱めながら最後は静かに閉じられます。構成的な意味での複雑さよりもむしろ自由で幻想性を帯びた作品として聴いた方が受け止めやすいのではないでしょうか。
 CDは、昨年亡くなった名オルガニスト、マリー=クレール・アランが1976年に録音したフランクのオルガン作品集(Erato/ワーナー)をひとまず挙げておきますが、多くの名手が取り上げてきた作品でもありますので、誰からでも良いのでまずはこの音楽空間を感じてみていただければと思います。
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by ohayashi71 | 2014-06-26 23:24 | 本編 | Comments(0)


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