第23回:チャイコフスキー/幻想序曲<ロメオとジュリエット>

 最初に白状しておきますと、僕はピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)の音楽について共感しきれない感情をいくらか抱えています。中学生時分にクラシック音楽を好きになった当初は、例えばピアノ協奏曲第1番変ロ短調Op.23であったり交響曲第4番ヘ短調Op.36といった曲はよくレコードを聴いてはいました。しかし、いろいろな作曲家の音楽を聴き進めていくうちに、チャイコフスキーの音楽のある意味「聴かせ上手」な感じが少し鬱陶しくなってきたのですね。
 もちろん捉えどころが無い音楽でもつまらないのですが、チャイコフスキーの場合、どんなに激しい部分でも甘さと美しさが同居した旋律がしっかりと存在していて、また管弦楽であればそれを引き立てる見事なオーケストラ遣いをしており、聴き手の心をがっちり掴む展開で音楽が目の前を流れていきます。ただ、それ故に何か「いやらしさ」を僕は覚えることがあるのです。ありのままに感情の爆発を描いて突き抜けるのではなく、その何歩か手前のセンチメンタルな気分で留まっているのではないか、ということなのです。その意味で、僕がチャイコフスキーに対していちばん酷い見方をしていた20代前半には、彼の音楽はどれも「演歌とバレエ」なんじゃないかと思っていました。
 まあ、それから僕も歳を重ねてみて一周したのかもしれませんが、今は以前よりも素直に彼の音楽を聴けるようになりましたけれど。それに、局所的な旋律美と全体としての構成を両立させるのはやはりある種のハイ・レヴェルな職人技が必要でもあるとは思うのです。
 さて、ここまで書いてきた話の流れの上で、挙げるチャイコフスキーの作品が幻想序曲<ロメオとジュリエット>であるべきかどうかは分かりません(笑)。しかし、上に書いてきたような要素を含む作品としてこれを挙げておくのはやっぱりアリだろうとも思います。
 幻想序曲<ロメオとジュリエット>は1869年に初稿が完成していますが、それは現在最も演奏機会の多い版(第3稿)とはかなり違います。曲の出だしから別物で、速く激しい動きをする辺りから同じ主題が現われますが、全体的にはやっぱり別物ですし、第3稿ほど面白くは聴けないはずです。とは言え初稿のCDも出てはいます。ジェフリー・サイモン指揮のロンドン交響楽団(Chandos)とか。
 第2稿については僕は未聴なので触れません。で、1880年に書き上げられた第3稿。初稿からの10年ちょっとの間にチャイコフスキーは交響曲第4番、バレエ<白鳥の湖>Op.20、ピアノ協奏曲第1番、ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35、そしてオペラ<エフゲニー・オネーギン>といった名作を生み出していました。特にバレエやオペラといった文字どおり劇的な音楽についての表現を彼なりに追究していったことも踏まえての<ロメオとジュリエット>への立ち返りは非常に大きかったのではないでしょうか。
 <ロメオとジュリエット>はもちろんシェークスピアの戯曲に基づいていますが、物語の筋を単純に時間的に追うのではなく、運命的な家同士の争いやそれを乗り越えようとする恋愛、そして彼らの間に立つ修道僧ロレンスのイメージを主題とし、それらが絡み合うことで出来上がっています。演奏時間にしておよそ20分ほどの作品ですが、旋律美の極みとも言うべき2つめの主題(恋愛を描いているとされている)をはじめ、それぞれの主題が素晴らしく引き立っており、聴くとあっという間です。
 そんな<ロメオとジュリエット>のディスクですが、僕はやっぱり甘さ控えめでも十分に優れた作品だと思わせてくれるエードリアン・ボールトとロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(EMI/ワーナー)をまず挙げたいと思います。現在いちばん入手しやすいのはボールトのもろもろ10枚組ボックスのようですが、これは正攻法の名演揃いなので。
 それからボールトのスタイルの真逆にはなるのでしょうが、往年の大指揮者ウィレム・メンゲルベルクとアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の1930年の録音(membran)も挙げておきましょう。2つめの主題のテンポの揺らし方や、弦楽器のポルタメント(音のずり上げやずり下げ)を多用した歌い回しによる甘美さの強調はいかにも昔風の演奏なのでしょうが、それはそれで彼らがチャイコフスキーの生きていた時代(に近いもの)の空気を知っている音楽家たちであるという認識はあっても良いのではないでしょうか。こちらもちょっと入手しづらいかも、ですけれど。
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by ohayashi71 | 2014-07-18 00:45 | 本編 | Comments(0)


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