第25回:シューベルト/弦楽五重奏曲ハ長調D.956 Op.163

フランツ・シューベルト(1797~1828)の音楽が本当に「いいなあ」と思えるようになったのは、僕は20歳前ぐらいじゃなかったかと思います。スヴャトスラフ・リヒテルの弾いたピアノ・ソナタ第13番イ長調 D.664と第14番イ短調 D.784が1枚に収められたCD(ビクター)がきっかけでした。それは1979年にリヒテルが来日した際の演奏会のライヴ録音だったそうですが、それは繊細で、かつ深みのある美しさ(恐ろしいほどの)に溢れており、それまでシューベルトの音楽にピンと来ていなかった僕の目(耳)を覚ましてくれたディスクでした。そんな素晴らしい(凄い)演奏なのですが、現在何故かこの音源は国内盤としては取り扱われておらず、Musical Conceptsという海外のレーベルで出ているようです。
 シューベルトの音楽の素晴らしさ、というと、まずはその親しみやすい旋律の数々が真っ先に思い起こされるでしょう。もちろんその美しさは大変な魅力です。しかし、歌曲にしてもただ美しい旋律を連ねただけではシューベルトにはならないと思います。音楽と詩が一体となることで生まれる迫真のドラマ、心の深層の抉り出し、ロマンティックな情景への想起、そういったものものまで多くの場面で到達しているのがシューベルトの音楽なのではないでしょうか。旋律美は当然挙げなければなりませんが、更に巧みであったり予想外な転調とか、極端なまでの音楽の表情の変化(さっきまで穏やかに微笑んでいたのに、次の瞬間何か恐ろしいものに直面したかのような表情になるとか)もそこにはあります。
 「未完成」と呼ばれる彼の交響曲ロ短調 D.759(以前は第8番という表記が一般的でしたが、最近は第7番とされることも多いようです)なんか、そう思って聴けば相当に「怖い」曲ですよ。美しさの裏側、というよりその直ぐ横にある大きな暗い影を認めないことには始まらないと僕は思うのです。でも、これがロマン派、ロマン主義と呼ばれる音楽たちの根っこに近いものでもあるのではないでしょうか。
 シューベルトが「未完成」となったその交響曲をとりあえず書いたのは1822年ですから、彼がまだ25歳の年のことです。若さから来るナイーヴな感覚は僕たちのような現代人にも理解できなくはないはずですが、シューベルトのその研ぎ澄まされようはどうでしょう。同じ頃に50歳代に差し掛かりつつあったルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)の音楽の凄みとはまた違ったものがあるように見えやしないでしょうか。
 シューベルトのそうしたナイーヴな凄みは1828年に彼が亡くなる年までずっと現れ続けます。というか、それはひたすら右肩上がり的な傾向すらあるようにも思えます。最後の3つのピアノ・ソナタ(第19番ハ短調D.958/第20番イ長調D.959/第21番変ロ長調D.960)なんかは本当に。
 そして彼が生涯にただ1曲だけ書いた弦楽五重奏曲(ハ長調D.956)もやっぱりそういう音楽です。死を目前にした19世紀の若者が眺めていた世界の美しさとむごさ。第1楽章だけでおよそ20分かかり、全曲だと1時間近くかかる大作で、ほとんど交響曲のようなスケール感も漂います。明朗な表情はどこまでも明朗に、しかしひとたび葛藤や孤独感の領域に足を踏み込むとどこまでもそのまま追い込まれそうなぐらいの感覚。A-B-Aという形式で書かれた第2楽章のBの部分、Aの部分の静寂さを唐突に破るように置かれたこの中間部分の痛切さは一体何と言えば良いのでしょうか。
 またハンガリー風の旋律を第1の主題とするソナタ・ロンド形式の第4楽章は、中間の展開部分で少し緊張感を出しますが、本当の高揚はコーダにやってきます。ハ長調の和音をそのまま力強く打ち込んで終わるかと思いきや、最後の小節で主音のドを全員で弾き出す前にそれより半音高いレの♭が前打音として付けられています。この強烈なアクセントが聴き手にもたらす熱は何か。
 シューベルトの器楽作品は一歩間違えたアプローチをするととんでもなく退屈な音楽になってしまうのですが、この弦楽五重奏曲について言えば僕はいくつか愛聴盤と呼べるようなディスクに接しています。ピリオド楽器のアンサンブルであるラルキブデッリ(Sony)や往年の名カルテット、ラサール弦楽四重奏団にチェロのリン・ハレルが加わったもの(DG/ユニバーサル)あたりはそういう存在ですが、最近の演奏で言えばフランスのディオティマ弦楽四重奏団にチェロのアンヌ・ガスティネルが加わったもの(naive)が素晴らしいと思います。
f0306605_074518.jpgf0306605_08612.jpg(左:ディオティマ弦楽四重奏団による弦楽五重奏曲、右:リヒテルのソナタ集の現行盤)
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by ohayashi71 | 2014-08-02 00:09 | 本編 | Comments(0)


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