第26回:ライヒ/ディファレント・トレインズ

 何がきっかけだったかは忘れましたが、僕が初めてスティーヴ・ライヒ(1936~)のCDを買ったのは大学の1回生か2回生だったはずです。ものは<六重奏曲>と<6台のマリンバ>が収録された1枚。「現代音楽」の中でミニマル・ミュージックと呼ばれるスタイルの代表的作曲家とされるライヒですが、多分、CDを買った時にはミニマルの意味すらよく知らないまま手を出したような。
 でも気に入ったのですね。それ程複雑そうではないフレーズをひたすら繰り返しながら少しずつ変化を付ける、あるいは新たなパターンを乗せていくことを基本として曲を作り上げていくミニマル・ミュージックは、僕がそれまで聴いていたようなクラシック作品とは全く違う発想から生まれてきたものだ、ということは直ぐに分かりましたし、またそれがとても新鮮な(場合によっては、その単調さから来る感覚も含めての)響きであり音楽に思えたのです。素材の展開技術や、和声の法則性を伴う形式感に基づいた構成から生まれるドラマに比べると、もっと硬質でストイックなドラマと言った方が良いのかも知れません。まあ、とにかくこの感じは聴いていただくしかない、と思うのです。
 少し余談を。その昔、大分で働いていた時に「現代音楽」を専門にするアメリカの弦楽四重奏団、クロノス・クァルテットを招聘するチャンスがありました。今の大分ではそういうチャレンジ企画を行う空気は薄くなっているようにも見えますが、とにかく10数年前の大分には短期間ながらそれを出来る環境があったのです。で、僕がこの時、クロノスを呼びたいと思った理由のひとつは、プログラムにライヒの新作、<トリプル・カルテット>が含まれていたからで、そのライヴが日本初演に当たるからでした。当時、このクロノスのライヴ自体、残念ながら大分的にはあんまり話題にはなりませんでしたが、その新作を聴くためにわざわざ他県からもお客さんが来ていたのを覚えています。
 さてクロノスのライヴをやれるとなった時に、新作の<トリプル・カルテット>はともかくとして僕が本当は演奏して欲しかった曲があります。それはライヒの<ディファレント・トレインズ>という曲でした。<トリプル・カルテット>と同様、クロノスのために書かれ、1989年にグラミー賞を受賞した曲で、やはりクロノスがCDを作っていました。
 <ディファレント・トレインズ>は、弦楽四重奏と予め録音されたテープのための作品です。テープには更に2群の弦楽四重奏と、何人かの人の声、列車が線路を走る音、汽笛、それとサイレンの音が含まれています。しかも実演では生音とテープがちゃんと同期しないといけない作りになっています。これはまさに「現代の」弦楽四重奏曲の在り様のひとつです。
 そしてこの設定でライヒが描いたのは、さまざまな汽車(ディファレント・トレインズ)の走るさまを全体の基調としながら、「第二次世界大戦前のアメリカ」「第二次世界大戦中のヨーロッパ」「大戦後」でした。
 列車が線路を走っているかのような音のパターンが延々と続く中、やがて人の声が聞こえてきます。ただしそれらは文章としてでは無くて、単語やフレーズのレヴェルの短さで切られ、かつ繰り返されます。そして話し手が変わる、あるいは単語やフレーズが変わると音楽の方のパターンも変わります。むしろ音楽の変化に声を合わせているのかも知れませんが。更に、そういう人の声を音の高低に当てはめ、弦楽器でもその音型を模します。ちょっと説明としては下手で分かりづらいとは思いますが、まあ大きな作りとしてはこういう感じです。
 「大戦前のアメリカ」では「シカゴからニューヨークへ」とか「ニュヨークからロスアンジェルス」「1939年」「1940年」「1941年」といった言葉が聞こえてきます。年が下っていくに従って音楽のテンポが上がり、緊張感も次第に増していきます。それに続いて第2部にあたる「大戦中のヨーロッパ」に入りますが、そこでは始終サイレンの音が響き渡っています。そして聞こえてくる言葉は「ドイツ軍がオランダに」とか「ハンガリーに侵入してきた」、「黒いカラスが長年我が国を侵してきた、と彼は言った」、「早く行けと彼女は言った」、「4日4晩」「それから私たちは奇妙な名前の場所を通っていた」、「彼らは人々を分けた」、「炎が空に上がって行った」といったもの。これはヨーロッパで起こったホロコーストについての証言から取られたものです。
 静かに第2部が閉じられると第3部「大戦後」が始まります。「戦争が終わった」、「それは本当?」という声に続いて、再び第1部の「ニュヨークからロスアンジェルス」をはじめとしたいくつかの声が聞こえてきます。しかし、それは単に第1部の再帰や再現ではありません。「でも今となっては全部昔のことさ」という声、そして最後に「声のきれいな一人の女の子が居た」「彼らはその歌声を聴くのが好きだった」、「彼女が歌うの止めると彼らは言った、『もっともっと』。そして彼らは拍手した」という声に合わせた音楽で全曲は閉じられます。
 直接的に、あるいは描写的に戦争の惨禍を表現したというより、それによって失われたもっと大きなものの存在を、ライヒは列車の音(音楽)と断片的な声によって浮かび上がらせたのだと思います。全曲の最終部分の閉じ方に美しい詩情があるからこそ、却って痛々しさを覚えるのです。
 ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906~75)の交響曲や弦楽四重奏曲のような音楽による直接的な「時代の証言」も僕たちは永久に大切にしなければなりませんが、その上でライヒの<ディファレント・トレインズ>のような「記憶を伝えるための表現」も重要だろうと僕は信じています。
 演奏や録音は決して簡単ではない作品なのでしょうが、「現代曲」としては比較的録音に恵まれており、いくつかのCDが出ています。その中ではやはり初演者クロノス・クァルテット(Nonesuch)を最初に挙げるべきでしょうし、この曲についてもディオティマ弦楽四重奏団(naive)は優れた演奏だと思います。
f0306605_0331671.jpgf0306605_0325862.jpg(左:クロノス盤、右:ディオティマ盤)
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by ohayashi71 | 2014-08-16 00:35 | 本編


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