第37回:リゲティ/ハンガリアン・ロック

 あくまでも一般的に、という前提で言うのであれば、ピアノに比べるとチェンバロは馴染みが薄い楽器だろうと思います。でもたまたまなことですが、僕がこれまで関わった文化施設のうち、いくつかは備品としてチェンバロを所蔵していました。で、せっかくあるのだからそれを使った企画をやりましょう、という流れにもなりました。それで僕も何度かチェンバロに関わる企画を担当しました。普通にリサイタルもやりましたが、東京からチェンバロの製作工房の方を招いて楽器の仕組みを紹介するレクチャーを開催したこともあります。当然のことながら、そういうリサイタル等の実演の場面で演奏される曲目としては、チェンバロが最も華々しかった時代の音楽、例えばバッハ、スカルラッティ、ラモー、クープラン、といったバロック期やそれ以前の作曲家によるものが多かったように思います。
 確かにチェンバロはその後ピアノにその位置を取って代わられてしまいましたが、だからと言ってチェンバロのための新しい音楽が全く生まれなかった訳ではありません。20世紀になると、ピアノ(打弦楽器)とはまた異なるその独特な音色(撥弦楽器)を活かした作品も現われました。今回はそういう曲のことを。
 ハンガリー出身の作曲家、ジョルジ・リゲティ(1923~2006)は20世紀後半を代表する作曲家の一人です。彼はその創作活動の中でさまざまな書法を用いていますが、例えば半音以下の微分音まで使って奏でる音の塊による「トーン・クラスター(音の房)」、あるいはポリリズム、ミニマルといった表現による作品があります。面白く(もちろんマジメに)聴ける作品としては、特に「トーン・クラスター」の代表例と言える、そしてスタンリー・キューブリックの映画<2001年宇宙の旅>で使われたことでも知られている<アトモスフェール>(この映画ではリヒャルト・シュトラウスの交響詩<ツァラトゥストラはこう語った>の冒頭部分の方が圧倒的に有名でしょうが)は是非耳にしていただきたい音楽です。クラウディオ・アバドが行った現代音楽のシリーズ、「ウィーン・モデルン」の中で<アトモスフェール>をウィーン・フィルとやった演奏(DG)や、ジョナサン・ノット/ベルリン・フィルによる演奏(Teldec)などのディスクがあります。因みにレナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィル(Sony)や小澤征爾/読売日本響(ビクター/Tower)のディスクもありますが、ここでは置いときます。
 さて、チェンバロに話を戻します。リゲティには3曲のチェンバロのための曲があります。1968年に書かれた<コンティヌム>はチェンバロによるトーン・クラスター作品で、なかなか圧巻。でも僕がそれ以上によく聴いているのは1978年に書かれた<ハンガリアン・ロック>です。
 この曲は副題として「シャコンヌ」と記されており、そのとおり、速いテンポの8分の9拍子で左手で奏される4小節のフレーズが40回以上繰り返されます。しかも8分の9拍子ではありますが、1小節の中の割り振りとしては「2+2+3+2」になっており、要は「3+3+3」よりも複雑なリズムパターンを持っています。そして、右手は最初こそ1小節単位であったり、「2+2+3+2」に嵌るようなフレーズ(ハンガリー民謡風な)を放り込んできますが、次第に小節をまたぐようなフレーズの連続になったり、9拍子と並行して7拍子を当てていったりと、さながら音の洪水のような状態になっていくのです。それをチェンバロのあの音色でやるのですから(ピアノの、ある意味における自在さや明快さで無いことが重要なのですが)、聴き手は圧倒されてしまいます。チェンバロでここまで出来るのか、という意味で。最後はテンポを緩めてふーっと消えていくのですが、とても濃い5分間です。
 僕は<ハンガリアン・ロック>を冒頭に書いたチェンバロ企画の中で出来ないかな、と企んだことはありますが、残念ながら実現しませんでした。で、もしこの曲を聴いてみたいという方におススメするとすれば、この曲の初演者でリゲティから献呈されているエリザベト・ホイナツカのディスク(Erato/ワーナー)でどうぞ。と、言いたいところですが、これはちょっと入手が難しいかも。ホイナツカにはもう一つ別の録音(リゲティの鍵盤作品をまとめたもの/Sony)もありますが、僕はErato盤を愛聴しています。他にも何種類かディスクはありますが、リサイタルのライヴ録音として出ているマハン・エスファハニ(Wigmore Hall Live )を聴くといかに大変な曲か分かるはずです。またチェンバロからは外れてしまいますが、リゲティの作品をいろいろな自動演奏楽器で演奏したものをまとめている、まあマニアックなディスク(Sony)が出ており(愛聴盤ですが(笑))、そこで<ハンガリアン・ロック>はバレル・オルガンで演奏されています。遊園地とかにありそうな手回しのオルガンでやってみると、この曲はますます不思議な感じになり、それがまた面白かったりします。
 おまけ。ホイナツカは現代音楽におけるチェンバロ作品演奏の第一人者ですが、意外に皆さんが彼女の演奏を聴いたことのありそうなものとして、ギドン・クレーメルの名盤<ピアソラへのオマージュ(Hommage A Piazzolla)>(Nonesuch)を挙げておきます。その中の<ブエノスアイレス午前零時>に出てくるチェンバロのひんやりとした味わいと言ったら。

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by ohayashi71 | 2015-06-04 00:10 | 本編 | Comments(0)


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