第43回:ムソルグスキー/展覧会の絵

 モデスト・ムソルグスキー(1839~81)の作品で、僕が最初に出会ったのは多分<はげ山の一夜>ではなかったかと。しかし<はげ山の一夜>について語り出すと長くなるのでまたいずれ。
 で、今回はムソルグスキーのもうひとつの代表作である<展覧会の絵>のことを。
 ご承知のとおり、ムソルグスキーの<展覧会の絵>はピアノ曲として書かれましたが、ラヴェルの管弦楽版をはじめ、多くの音楽家がさまざまな楽器編成による編曲を世に送り出しています。そうした編曲版の中ではラヴェルのものが群を抜いて面白いとは思いますし、耳にする機会も多いと思います。
 ただ、名作の白黒映画に彩色の加工をしてカラー映画に仕立て直したものが、元のものと同じか、あるいはそれ以上の感銘を与えてくれるかどうか、です。白黒には白黒なりの雄弁さと美しさがあるものと僕は思っています。その意味で、<展覧会の絵>はやはりムソルグスキーのピアノ曲だけであって、他の版とは完全に別物として捉えるべきではないかと。
 もともとムソルグスキーは1874年に友人で画家・建築家だったヴィクトル・ハルトマンの遺作展を観た印象をベースに<展覧会の絵>を書き上げています。ここでムソルグスキーはピアノの響きを選びました。とにかく演奏前提としてだったのか、管弦楽という編成を含め他の楽器の響きを必要と思わなかったのか、そこは分かりません。ただ、彼としては一気呵成に(数週間と言われています)この曲を書き上げた、またその後、彼が亡くなるまでの間に全く<展覧会の絵>については改めて手を付けることが無かった、ということからすると、彼の中ではピアノで十分であり、それ以外の選択肢は無かったのかも知れません。
第2曲<古城>で示される哀愁や孤独さ、第4曲<ビドロ(牛車)>の引き摺るような重苦しさ、重い足取り、第7曲<リモージュの市場>の朗らかな軽さ、第8曲<カタコンベ>の怖れを含む厳しさと静寂、第9曲<バーバ・ヤガーの小屋>の奇怪かつユーモアもある派手な描きよう、荘重なコラールを挟みつつ教会の鐘が打ち鳴らされるような圧倒的な輝きで閉じられる終曲<キエフの大門>という感じで、曲ごとの振り幅や方向性の大きな違いをピアノ1台でよくも描き切ったなあ、と思う次第です。更に曲のつくりについて言えば、冒頭から曲中で繰り返し現れる<プロムナード>が、単に場繋ぎとして挟まれるのではなく、直前あるいは直後の曲の世界に寄り添うような存在としても扱われており、結果<展覧会の絵>全曲の統一感を出す大きな役割を果たしています。少し極端なことを言えば、これはシューマンの連作風あるいは組曲風ないくつかのピアノ作品の延長線上に置いてみても良いのではないかとも思います。まあ、それぞれだいぶ向いている方角は違うのですが。
 こういったもろもろを踏まえてのディスクのこと。
 上述したとおり、僕はピアノ版で<展覧会の絵>は完結出来るものだと思っていますが、そのピアノでそれでもなお管弦楽的な色彩やダイナミズムを追求したピアニストが居ます。ウラディーミル・ホロヴィッツです。どこかに書いたことがあるかも知れませんが、僕はホロヴィッツは「芸」と「芸術」に二股かけて、それを「超」が付くぐらいのハイ・レヴェルで成し遂げた稀有の存在だと考えています(因みに僕は同じ位置付けにヴァイオリンのヤッシャ・ハイフェッツを置いています)。それは技術的な冴えが見え辛くなった彼の晩年であっても変わらなかったと思います。ただし、<展覧会の絵>の録音(1951年ライヴ:RCA/BMG)については彼の壮年期のものであり、技術的にもキレキレの頃の彼の「芸」と「芸術」に触れることが出来ます。<古城>のような曲では極端に繊細な弾きぶりを見せたかと思うと、動きの多い曲になるとムソルグスキーの楽譜に無い装飾的なフレーズを付けてみたり、元の音の動きをわざわざ動きの多いフレーズに変えてみたりと、演奏効果絶大の派手なアレンジが施されています。ですから、これは「ホロヴィッツ版」とか「ホロヴィッツ編曲」というただし書きが必要なシロモノではあります。ラヴェル版をはじめ他の編曲版を下げておいてホロヴィッツを挙げるのは本当はイケないことなのですが、ここまで面白くなってしまうのであればアリだろうと思います。まあ、古き良き時代、ヴィルトゥオーゾの時代の名残ということで。
 ホロヴィッツの変化球ぶりに比肩し得るド直球の演奏としては、まずはやはりスヴャトスラフ・リヒテルでしょう。リヒテルもまた晩年と若い頃では印象の異なる演奏家ですが、余計な色目を使わずに真正面からバリバリと弾いていくさまは圧巻です。リヒテルも何種類かの録音が出ていますが、最も有名なものは1958年、ブルガリアのソフィアでのライヴ録音です(Philips/ユニバーサル)。最初の方はそこまでの名演なのかとつい思ってしまうのですが、聴き進むにつれて、その響きの強さや鳴らし切る凄みに圧倒されます。特に<バーバ・ヤガーの小屋>から<キエフの大門>にかけて。
 <展覧会の絵>の古くからの名盤としてはこの2つ、リヒテルとホロヴィッツがよく挙げられてきました。これらがもちろん今でも聴かれるべき存在であることには変わりませんが、以降にも優れた録音はいくつもあります。
 例えば、ピアノ音楽の表現としての隙の無さ、バランスの良さという点でエフゲニー・キーシン(2001年:RCA/BMG)は大変素晴らしいですし、内向的に、そして丹念に曲を描き分けたイーヴォ・ポゴレリチ(1995年:DG/ユニバーサル)の深い抉りも、非常に聴き応えがあります。
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by ohayashi71 | 2015-10-12 01:16 | 本編


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