第46回:ストラヴィンスキー/バレエ・カンタータ<結婚>

 イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971)の音楽の面白さはどこから来ているのか、と大上段に構えたところで僕は大したことは言えないのですが、少なくとも踊りや演劇的な表現との関わりを無視することは出来ないと思います。それは身体の動きや言葉を意識することで生み出されるリズムの多様さという言い方になるのかも知れません。
 また、そのリズムにしても、民俗音楽を徹底的に追究したベラ・バルトーク(1881~1945)とは異なり、ストラヴィンスキーの場合は古いロシアの音楽だけでなくて同時代人の生活や風俗(例えばジャズや文明の機械化)からの影響も受けていたように思います。更に、例えばバレエ<春の祭典>のような作品だと、いくつものリズム・パターンが同時に奏でられたり、複雑に拍子を変化させていくことで、混沌とした状態であったり、爆発的な生命力を感じさせるような音楽として描かれています。
 そんな<春の祭典>は1913年の初演時こそ大騒動を引き起こしましたが(その理由が全て音楽にあったのか、振付や衣裳にもあったのかは何とも言えないところですが)、現在では名曲、「20世紀の古典」と看做され人気の高い、演奏機会も多い作品となっています。僕も学生の頃に<春の祭典>のスコアを入手してオケ仲間と随分楽しみました。もちろん、それは曲構造の分析やがっつり演奏するというレヴェルなんかではなくて、複雑な拍子やリズムの変化、あるいは響きのダイナミズムに対する感覚的な興味であり、ある種ゲーム的な関心であったと思います。そういう軽いノリで捉えるだけであれば、<春の祭典>は実は親しみやすい音楽なのではないでしょうか。しかし、僕が本当に<春の祭典>の凄さを本当に思い知ったのはピエール・ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団の演奏に出会った時でした。整然と変化していくリズムや拍子の面白さは当然のこととしても、特に第2部前半のようなゾッとするぐらいに精妙な響きの美しさも大きな比重を占めている音楽であることに、そこでようやく気が付いたのでした。
 <春の祭典>の圧倒的な面白さは今でも聴く度に感じることではありますが、じゃあストラヴィンスキーの全作品で最も好きな曲か、と言われると今の僕はそうではありません。
 そこで登場してくるのがロシアの婚礼をモティーフにしたバレエ・カンタータ<結婚>(1923年初演)です。
 <結婚>は4台のピアノと打楽器群、それに独唱パートを含む合唱という変わった編成が採られています。<春の祭典>で聴かれるオーケストラの色彩感とは全く違う、ピアノを含め打楽器の硬質な響きと声楽という独特な色合いはとにかくユニークだと思います。
 更にやはりリズム。<春の祭典>にも負けないぐらいの不規則な拍子の変化と、異なるリズムの絡み合いと並行ぶり。それが人の声も交えて現われてくるさまは本当にスリリングです。
 <結婚>に僕がハマるきっかけとなったディスクとの出会い。それは大分時代のことでした。今はなきリズムレコードで民族音楽(ワールド・ミュージック?)の棚を物色していたらストラヴィンスキーのバレエ<結婚>が収録されたCDを見つけました。<結婚>という作品は一応知っていましたが、当時はそんなに面白さを感じてはいませんでした。でも民族音楽についてもそれなりに興味を持っていた(例えばブルガリアン・ヴォイス(ブルガリアの民族音楽をベースにした女声合唱)のような音楽)せいもあって、<結婚>がどう民族音楽と直接的に(要は1枚のディスクの中で)関わっていくのか、という関心に押されてそのCDを買うことにしました。
 そのCDはストラヴィンスキーの<結婚>と、ロシアの婚礼歌集を併せて収録したものでした。演奏していたのはポクロフスキー・アンサンブルというロシアの民族音楽の演奏グループ(Nonesuch/ワーナー)
 一応の期待感を持ちつつ聴き始めて、本当に本当に僕は驚き、興奮しました。何がそんなに凄かったのか。まずポクロフスキー・アンサンブルの合唱は、全くクラシック的ではない発声であり歌声でした。実は僕がそれまでに聴いていた<結婚>の演奏は、あくまでもクラシック音楽としての声楽の歌い方で歌われていたのですが、ポクロフスキー・アンサンブルはブルガリアン・ヴォイスにも通じるような地声的な声で、土俗そのものの感じで歌われていたのです。まさに民謡を歌うかのように。かつ、実際に歌っているメンバーの人数は少ないようですが、楽譜にある音量の指定をかなり無視したような(恐らく録音自体のバランスも変えて)エネルギッシュで迫力溢れる歌いっぷり。しかも、速めのテンポを取りながら、複雑なリズムを全くものともしない怒涛の畳み掛け。
声楽パートだけでも結構大胆な演奏(解釈)なのに、ピアノと打楽器の器楽パートはパソコン打ち込みでやったのだそうです。これはストラヴィンスキー自身が楽器編成を模索する中で、当時の自動楽器を使うことについて検討したことがあった、という経緯を踏まえているとのこと。
 そして、このある意味ハイブリッドな演奏の結果として聴こえてくる音楽の圧倒的な生命力、土俗の美に、僕は完全にノックアウトされました。こうしてこの掟破りとも言えるポクロフスキー・アンサンブルのCDは、僕のレパートリーの中でかなりの重要度を占めることになったのでした。聴く度に熱くなる感覚は、出会いから10数年経った今でも全く薄れていませんね。そのぐらい衝撃を受けたのです。
 余談ですが、実はこのポクロフスキー・アンサンブルの公演を大分でも出来ないかなあ、と当時個人的に考えたことはありました。しかし、さすがにマニアック過ぎるので内々にすら提案はしませんでしたけれど。その代わり、ポクロフスキー・アンサンブルの本職とも言うべき、ロシアの民族音楽を歌ったCDを何枚か海外発注してまで取り寄せたこともありました。
 さて<結婚>という作品自体が愛聴曲になったので、僕はそれが収録されているディスクがついつい気になります。その中で、掟破りのポクロフスキー盤ではない正攻法の場合での愛聴盤もいくつか挙げておきましょう。
 まずはストラヴィンスキーの自作自演盤。少なくとも2種類(1934年/EMIと1959年/Sonyの録音)はあるはずですが、そもそもどちらも英語で歌われているのが残念(オリジナルはロシア語、ポクロフスキー盤も当然ロシア語)なところ。僕の好みなのは、よりテンポが速くて引き締まっている1934年盤です。順序は逆ですが、意外にポクロフスキー盤の味わいに近いものをこの演奏から僕は感じています。一方の1959年盤にはピアノでサミュエル・バーバーやアーロン・コープランドといったアメリカを代表する作曲家たちが参加しているので、それは興味深いところではあるのでが、全体としてはちょっとユルいですかねえ。
 それから1977年録音のレナード・バーンスタイン盤(DG/ユニヴァーサル)。これはピアノでマルタ・アルゲリッチ、クリスティアン・ツィマーマン、シプリアン・カツァリスといった奏者が参加しており、それだけでも貴重ではないかと。少々重めですがロシア語歌唱盤としては優れた演奏だと思います。
 もうひとつ。フランス語歌唱で1965年録音のピエール・ブーレーズ盤(Ades)。ブーレーズの演奏としてはスキが多い方かも知れませんが、それはどちらかというと指揮者の責任では無いような気がします。ブーレーズはDGでそれまでにも録音した作品を再録したり、初めて録音したものも結構あるはずなのですが、何故か<結婚>についてはこれしか無いのでは。

f0306605_23343555.gif(ポクロフスキー盤)
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by ohayashi71 | 2015-12-21 23:35 | 本編 | Comments(0)


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