第49回:ダウランド/沈黙の夜(歌曲集<巡礼の慰め>より)

 その昔、高校生の時に世界史の先生がシェイクスピアの生没年の覚え方を教えてくれました。「人殺し、いろいろ」なのだそうです。生年が1564年、没年が1616年というわけ。なるほど。
 ジョン・ダウランド(1563~1626)はシェイクスピアと同時期に活躍したイギリスの音楽家。生前は作曲家というよりもリュート奏者としての名声が高かったそうです。しかし彼はなかなかの苦労人で、母国イギリスで認められるまでにヨーロッパ各地を転々とし、イギリスの国王付きのリュート奏者に任命されたのは彼が50歳になろうか、という頃のことでした。
 ダウランドが遺した作品としては主にリュート独奏曲と、リュートや合奏の伴奏が付いた歌曲が挙げられます。で、今回は歌曲を。
 ダウランドの歌曲の素晴らしさ。単にメロディが美しいだけでなく、歌詞が言い表そうとしていること、訴えかけようとしている感情と一体化したような音楽になっている、と言えば良いのかも知れません。特に彼の「悲しみ」の表現。悲しみ、涙、嘆き、といった、一般的にはネガティヴな感情を、彼は大げさな身振りでは示しません。一旦全てを受け止め、深い共感や諦念によって浄化した美しさ、と僕は言いたい。
 ダウランドの時代は、もちろん今の僕たちの時代とも、またフランツ・シューベルト(1797~1828)の時代とも違います。時間の感覚(人の寿命の長さ、移動や情報の伝達の速度など)の違いは当然ですが、感情や思考を表に出すこと(抑制と解放の在り方)についての感覚も異なるように思います。それが時代の美学の違いと言えばそれまでですが、とは言えそこに共感できるものがあるということは、そこに普遍的な人生観に結び付けられる何かが含まれているのだとも思うのです。
 そんなダウランドの歌曲の中で僕がいちばん愛聴しているのは、<沈黙の夜(From Silent Night)>と題された1曲。ダウランドが遺した4つの歌曲集の最後にあたる歌曲集<巡礼の慰め>(1612年出版)に含まれています。
 独唱にリュートやヴィオルの伴奏が付けられている<沈黙の夜>は、まさしく全編悲しみの色に包まれた詞を歌っています。他の歌曲がおおよそ数分程度の長さなのに対して、<沈黙の夜>はゆったりとしたペースであるとは言え、大体10分程度を要します。3番まである歌詞の中にも繰り返しがあるにせよ、ちょっとこれは異様かも知れません。僕はこの曲を初めて聴いた時、果てることなく歌われていく悲しみや苦しみ、嘆きの歌にとても衝撃を受けました。肺腑を抉られるような、という感覚とも言えます。特に後半の悩ましく半音階で上昇していく動きは非常に特徴的です。そして、そこに何がしかの慰めの気配はありますが、凄惨なまでの心象風景は、シューベルトが<冬の旅>で描いたものと似ているようにも思えてなりません。
 ディスク。ダウランドの歌曲全般について言えば、何と言っても波多野睦美先生(僕の高校の時の音楽の先生だったので)のディスクの数々なのですが、多分<沈黙の夜>は残念ながらまだ録音はされていなかったのでは。ということで、僕のこの曲についての愛聴盤を挙げるなら、ヴィオラ・ダ・ガンバのヒレ・パールとリュートのリー・サンタナにソプラノのドロシー・ミールズが加わったもの(Deutsch Harmonia Mundi)、ということになります。またダウランドの歌曲集のほとんどを録音したリュート奏者、アントニー・ルーリーがディレクターを務め、名歌手エマ・カークビーを擁するコンソート・オブ・ミュージックの演奏(L'OISEAU LYRE)も優れていると思います。
 ダウランドついでにもうひとつご紹介しておくと、イギリスのロック歌手、スティングもダウランドの音楽に魅せられた一人で、彼はダウランドの曲を中心にしたアルバム<ラビリンス>(DG)を2006年に作っています(<沈黙の夜>は含まれていませんが)。上述の古楽の歌手とは違い、現代の普通の歌の歌い方をしていますが、まるで現代のシンガーソングライターの歌のような味わいがあって、とてもユニークです。ひょっとしたらこれから初めてダウランドの音楽に接してみよう、とする人には面白いかもしれません。
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(パール盤とスティング盤)
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by ohayashi71 | 2016-04-07 01:27 | 本編 | Comments(0)


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