第44回:ラハナー/<秋> 作品30

 多分これまでの中では最もマイナーな作曲家のことを。
 フランツ・パウル・ラハナー(Franz Paul Lachner/1803~90)はウィーンやミュンヘンなどで活躍したドイツの作曲家、指揮者です。僕は彼の曲については今回取り上げる歌曲<秋>の他にせいぜい数曲程度しか聴いていません。今回改めて彼の他の作品も少し聴いてはみましたが、ちゃんとした音楽だなあ、とは思いはするものの、率直なところそれ以上に掘り下げるべきという気にはなっていません。とりあえず今のところは。
 とは言え、僕たちが普段聴いているような「名曲」が実は圧倒的な存在であり、その陰に隠れてしまっている「佳曲」がたくさんあることもまた確かなことです。その意味で今回のラハナーの<秋>はそうした「佳曲」のひとつではあるだろうと僕は思っています。
 ラハナーは20代の頃にウィーンでフランツ・シューベルト(1797~1828)と深い親交を結んでいました。シューベルトとその仲間や信奉者たちが集う「シューベルティアーデ」のメンバーの一人であり、シューベルトが死の病に臥している時も付き添っていたそうです。そんなラハナーですから作曲活動にあたってシューベルトの音楽からも大きな影響を受けたであろうことは想像に難くないところです。
 さて、今回ご紹介するラハナーの<秋>は1831年に出版された歌曲ですが、独唱とピアノ、それにホルンあるいはチェロのための作品として書かれています。歌曲は独唱とピアノのための音楽、というイメージが一般的でしょうが、こういうピアノ以外の楽器が助奏として加わるように書かれている作品もあります。実はシューベルトもこういう助奏楽器を加えた歌曲を彼の最後の年、1828年に遺しています。彼のほぼ最後の作品となった<岩の上の羊飼い>D.965ではクラリネット、またその前に書かれた<流れの上で>D.943ではホルンあるいはチェロを助奏としています。ピアノ・パートだけでも充実した内容を歌曲に盛り込んできたシューベルトですが、更に他の楽器を加えるようにしたのは、詩に含まれている世界を音楽として表現するにあたり、歌(と言葉)を邪魔しない程度に、寄り添うかたちで色合いを少し豊かにしようとしたのではないでしょうか。
 ラハナーがこれらのシューベルトの助奏付きの歌曲の演奏に直接触れていたのは間違いないと思われます。そうして自らの歌曲表現のひとつの在り方として、助奏楽器付きという形態を自分でも試みたのでしょう。ラハナーは200曲以上の歌曲を遺しましたが、助奏楽器付きの歌曲も<秋>の他にいくつか作曲しています。
 <秋>はルードヴィヒ・レルシュターブ(1799~1860)の詩によるもので、実はシューベルトも1828年に歌曲として曲を付けています(D.945/助奏楽器はありません)。詩は、秋の冷え冷えとした情景と失われていく希望や恋について述べられており、ちょうど<冬の旅>の景色にも近いものとも言えるでしょう。シューベルトの<秋>は重々しく、厳粛にこの世界を描いています。
 一方でラハナーの<秋>作品30は、ホルン(あるいはチェロ)の助奏を加え、シューベルトの突き詰めるような暗さではなく、もっとメランコリックな心象風景として描き出しているように思います。甘さがあるのかもしれません。しかし、それは人肌の温もりとも言えるものかもしれません。そしてその温かみを生み出しているのは、僕はホルンの響きであるように思います。ですから、単に独唱とピアノだけで書かれていたら正直物足りなかったかもしれません。
 僕がラハナーの<秋>を知ったのはソプラノのジョーン・サザーランドがリチャード・ボニングのピアノ、バリー・タックウェルのホルンで1987年に録音した<Romantic Trios for Soprano, Horn and Piano>(Decca)というディスクでした。このアルバム、全曲がソプラノ、ホルンとピアノによる歌曲で、ラハナー(<秋>を含めて3曲)の他にベルリオーズやドニゼッティ、マスネなどの歌曲を集めたものでした。聴いた最初からピンとは来なかったのですが、何度か聴くうちに最初に書いたような「佳曲」があることに気が付いた、という訳です。中でもラハナーの<秋>は結構お気に入りの曲になりました。とは言え、演奏としては少しユルいかなあ、と思っています。特にサザーランドの声に年齢を感じてしまう、というのが正直なところです。とは言えコンセプトとしてはとても素敵なアルバムではあると思っているのですが。
 他にラハナーの<秋>を収めたものとしては、アリオン・トリオというアンサンブル(ソプラノ、ホルン、ピアノ)が<Schubert & Co>というアルバム(ANTES EDITION)でラハナー、ハインリヒ・プロッホ(1809~78)、シューベルトのホルン助奏付きの歌曲ばかりを収録しています。こちらも最上とは言い切れないところはありますが、十分に楽しめるものだと思います。

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# by ohayashi71 | 2015-10-17 00:38 | 本編 | Comments(0)

第43回:ムソルグスキー/展覧会の絵

 モデスト・ムソルグスキー(1839~81)の作品で、僕が最初に出会ったのは多分<はげ山の一夜>ではなかったかと。しかし<はげ山の一夜>について語り出すと長くなるのでまたいずれ。
 で、今回はムソルグスキーのもうひとつの代表作である<展覧会の絵>のことを。
 ご承知のとおり、ムソルグスキーの<展覧会の絵>はピアノ曲として書かれましたが、ラヴェルの管弦楽版をはじめ、多くの音楽家がさまざまな楽器編成による編曲を世に送り出しています。そうした編曲版の中ではラヴェルのものが群を抜いて面白いとは思いますし、耳にする機会も多いと思います。
 ただ、名作の白黒映画に彩色の加工をしてカラー映画に仕立て直したものが、元のものと同じか、あるいはそれ以上の感銘を与えてくれるかどうか、です。白黒には白黒なりの雄弁さと美しさがあるものと僕は思っています。その意味で、<展覧会の絵>はやはりムソルグスキーのピアノ曲だけであって、他の版とは完全に別物として捉えるべきではないかと。
 もともとムソルグスキーは1874年に友人で画家・建築家だったヴィクトル・ハルトマンの遺作展を観た印象をベースに<展覧会の絵>を書き上げています。ここでムソルグスキーはピアノの響きを選びました。とにかく演奏前提としてだったのか、管弦楽という編成を含め他の楽器の響きを必要と思わなかったのか、そこは分かりません。ただ、彼としては一気呵成に(数週間と言われています)この曲を書き上げた、またその後、彼が亡くなるまでの間に全く<展覧会の絵>については改めて手を付けることが無かった、ということからすると、彼の中ではピアノで十分であり、それ以外の選択肢は無かったのかも知れません。
第2曲<古城>で示される哀愁や孤独さ、第4曲<ビドロ(牛車)>の引き摺るような重苦しさ、重い足取り、第7曲<リモージュの市場>の朗らかな軽さ、第8曲<カタコンベ>の怖れを含む厳しさと静寂、第9曲<バーバ・ヤガーの小屋>の奇怪かつユーモアもある派手な描きよう、荘重なコラールを挟みつつ教会の鐘が打ち鳴らされるような圧倒的な輝きで閉じられる終曲<キエフの大門>という感じで、曲ごとの振り幅や方向性の大きな違いをピアノ1台でよくも描き切ったなあ、と思う次第です。更に曲のつくりについて言えば、冒頭から曲中で繰り返し現れる<プロムナード>が、単に場繋ぎとして挟まれるのではなく、直前あるいは直後の曲の世界に寄り添うような存在としても扱われており、結果<展覧会の絵>全曲の統一感を出す大きな役割を果たしています。少し極端なことを言えば、これはシューマンの連作風あるいは組曲風ないくつかのピアノ作品の延長線上に置いてみても良いのではないかとも思います。まあ、それぞれだいぶ向いている方角は違うのですが。
 こういったもろもろを踏まえてのディスクのこと。
 上述したとおり、僕はピアノ版で<展覧会の絵>は完結出来るものだと思っていますが、そのピアノでそれでもなお管弦楽的な色彩やダイナミズムを追求したピアニストが居ます。ウラディーミル・ホロヴィッツです。どこかに書いたことがあるかも知れませんが、僕はホロヴィッツは「芸」と「芸術」に二股かけて、それを「超」が付くぐらいのハイ・レヴェルで成し遂げた稀有の存在だと考えています(因みに僕は同じ位置付けにヴァイオリンのヤッシャ・ハイフェッツを置いています)。それは技術的な冴えが見え辛くなった彼の晩年であっても変わらなかったと思います。ただし、<展覧会の絵>の録音(1951年ライヴ:RCA/BMG)については彼の壮年期のものであり、技術的にもキレキレの頃の彼の「芸」と「芸術」に触れることが出来ます。<古城>のような曲では極端に繊細な弾きぶりを見せたかと思うと、動きの多い曲になるとムソルグスキーの楽譜に無い装飾的なフレーズを付けてみたり、元の音の動きをわざわざ動きの多いフレーズに変えてみたりと、演奏効果絶大の派手なアレンジが施されています。ですから、これは「ホロヴィッツ版」とか「ホロヴィッツ編曲」というただし書きが必要なシロモノではあります。ラヴェル版をはじめ他の編曲版を下げておいてホロヴィッツを挙げるのは本当はイケないことなのですが、ここまで面白くなってしまうのであればアリだろうと思います。まあ、古き良き時代、ヴィルトゥオーゾの時代の名残ということで。
 ホロヴィッツの変化球ぶりに比肩し得るド直球の演奏としては、まずはやはりスヴャトスラフ・リヒテルでしょう。リヒテルもまた晩年と若い頃では印象の異なる演奏家ですが、余計な色目を使わずに真正面からバリバリと弾いていくさまは圧巻です。リヒテルも何種類かの録音が出ていますが、最も有名なものは1958年、ブルガリアのソフィアでのライヴ録音です(Philips/ユニバーサル)。最初の方はそこまでの名演なのかとつい思ってしまうのですが、聴き進むにつれて、その響きの強さや鳴らし切る凄みに圧倒されます。特に<バーバ・ヤガーの小屋>から<キエフの大門>にかけて。
 <展覧会の絵>の古くからの名盤としてはこの2つ、リヒテルとホロヴィッツがよく挙げられてきました。これらがもちろん今でも聴かれるべき存在であることには変わりませんが、以降にも優れた録音はいくつもあります。
 例えば、ピアノ音楽の表現としての隙の無さ、バランスの良さという点でエフゲニー・キーシン(2001年:RCA/BMG)は大変素晴らしいですし、内向的に、そして丹念に曲を描き分けたイーヴォ・ポゴレリチ(1995年:DG/ユニバーサル)の深い抉りも、非常に聴き応えがあります。
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# by ohayashi71 | 2015-10-12 01:16 | 本編 | Comments(0)

第42回:レスピーギ/交響詩<ローマの噴水>

 何きっかけだかを覚えてはいないのですが、オットリーノ・レスピーギ(1879~1936)の「ローマ三部作」と呼ばれる3つの交響詩(<ローマの噴水><ローマの松><ローマの祭>)は中学生だか高校生の頃にはレコードを買って聴いていました。ガイド本で必ず挙げられているアルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団(RCA)の演奏のLPでした。
 その頃は<松>と<祭>をよく聴いていたように思います。特に<祭>の第4部の<主顕祭>のノリノリの熱狂ぶりが楽しかったですね。その後、大学のオケに入って、高校時代に吹奏楽部を経験した連中の話を聞くと、やはり<祭>のそれが好きなヤツが何人も居ました。コンクールとかで実際に演奏したり、聴いたり、ということがあったらしいです(もちろん編曲ですけれど)。
 ところが、歳を取ってくると<松>や<祭>の熱が少々鬱陶しく思えてくるようになりました(少なくとも僕にとってはですよ)。楽しいと言えば楽しいですし、当然立派な作品だと思うことに変わりはありませんが、手応えというか聴き応えというか、盛り上がり自体は楽しめても、そういうものがスルッと抜けていってしまうような気になってきた、と言った方が良いのでしょうか。決して<松>や<祭>の面白さをdisっている訳ではありませんよ。
 とにかく、その分、ということでも無いのでしょうが、今の僕には<ローマの噴水>がとても「いい感じ」に思えています。<噴水>は、「夜明けのジュリアの谷の噴水」「朝のトリトーネの噴水」「昼のトレヴィの噴水」「黄昏のメディチの噴水」という4つの部分から出来ており、時間の経過とそれぞれの場所の情景なり、そこからレスピーギが膨らませたイメージなりを音楽で描いた作品です。音楽の流れ的には静かに始まり、動きが示されて、更にその動きが大きくなり、最後は再び静けさの中に帰る、といったところでしょうか。
 「夜明け」や「黄昏」の静かな美しさも素晴らしいと思いますが、「朝」の盛り上がりが一段落してから、改めて立ち上がってどんどん高みを目指して突き進んでいく「昼」の壮麗さが今の僕にはグッときます。ドビュッシーの精緻さや精妙さを尽くした表現よりも、レスピーギはもっと直感的にオーケストラの響きから得られる快楽を追求しているのかも知れませんが、音楽における「お楽しみ」という要素もまた欠くべからざるものだと思います。
 さて、そんな<ローマの噴水>について、僕は未だにトスカニーニの演奏(1951年録音)が繰り広げる攻めのドラマは圧倒的だと思っていますし愛聴盤ではあるのですが、やはりモノラル録音は白黒映画みたいなものですから、レスピーギの色彩をもきちんと伝えてくれるステレオ録音も当然のことながら聴きたいところです。ということで、挙げておきたいのは1959年録音のフリッツ・ライナー指揮のシカゴ交響楽団の演奏(RCA)と1984年録音のリッカルド・ムーティ指揮のフィラデルフィア管弦楽団の演奏(EMI/ワーナー)です。
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(左からトスカニーニ盤、ライナー盤、ムーティ盤)
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# by ohayashi71 | 2015-10-07 00:00 | 本編 | Comments(0)

第41回:スメタナ/弦楽四重奏曲第2番 ニ短調

 ベドジフ・スメタナ(1824~84)というと。
 と、書き出すと前にやったバーバーの回と同じ感じになってしまうのですが、それはそれとして。でも、スメタナと言えば、やっぱりまずは交響詩<モルダウ(ヴルタヴァ)>になるのでしょう。今はどうか知りませんが、僕が中学生の時には音楽の授業で、<モルダウ>の主題旋律に歌詞が付いた合唱曲を歌った記憶があります。「いいメロディだなあ」と当時も思いましたし、同じ頃には原曲もレコードで頻繁に聴いて楽しんでいました。
 ご存じのとおり<モルダウ>はスメタナが晩年に取り組んだ連作交響詩<わが祖国>の1曲で、他の5曲の交響詩もとても素晴らしい音楽で、スメタナの代表作と呼ぶにふさわしい作品だと思います。
 スメタナは「チェコ国民音楽の祖」と言うべき存在で、<わが祖国>の他にも名曲をいくつも遺しています。
 例えば1866年に初演された歌劇<売られた花嫁>。チェコの民俗音楽の要素がたくさん含まれていて、劇中に何曲か登場する舞曲はどれも楽しい気分になります。またこの歌劇の序曲の軽妙なスピード感は僕の大好物です。
 また室内楽作品。1855年の<ピアノ三重奏曲 ト短調>や1876年の<弦楽四重奏曲第1番 ホ短調 わが生涯より>はスメタナを襲った不幸(娘の死や彼自身の耳の疾患)をきっかけとして成立した作品であり、そこで描かれた悲劇的な表現は、音楽としても十分に共感出来るものだと思います。特に<わが生涯より>の第4楽章の終わりで突然現れる第1ヴァイオリンの高音(ミ)はスメタナの耳鳴りを表現したものとされており、ショッキングでさえあります。
 スメタナは晩年に両耳の聴力を失ったばかりか、その後、精神状態が悪化することで彼の生命は奪われることになります。そういう状況だった最晩年(1883年)のスメタナが完成させたほぼ最後の作品、それが<弦楽四重奏曲第2番 ニ短調>です。
 この第2番は<わが生涯より>の続編という捉え方もあるようですが、実際のところはどうなのでしょうか。ただ僕にはこの曲の「整わなさ」加減が尋常でないように思えて、その意味で前作よりも更に好きな、いや、気になると言った方が良いのでしょうか、とにかくそういう存在なのです。
 「整わなさ」。それは「収まりの悪さ」と言っても良いでしょう。最初の3つの楽章が明快な形式に当てはまらない状態であり、また最後の第4楽章にしても何だかはっきりとした印象を残したまま全曲が閉じられるように見えることから来るもの、と言えば良いでしょうか。<わが生涯より>が最後のミの音をクライマックス(マイナスの、でしょうが)とするようにしっかりと構成されているのに対し、第2番はそういう「起承転結」的なかたちにはなっていません。
 とは言え、それぞれの楽章の中で楽想やテンポがしばしば交代することで生じる激しい緊張や葛藤の壮絶さは「整わなさ」や「収まりの悪さ」を超えて、その表現の強さ自体が聴き手に迫ってくるものだと僕は思っています。第1楽章冒頭で4つの楽器により激しく上昇していく部分。それを受けて、その後次第に高揚し、頂点で一気に大きな流れとなって走り出す部分(僕はここで時々感極まりそうになることがあります)。また、第3楽章でしばしば場を脅かすように現われるトレモロのフレーズなど、ある種、生の感情の爆発を目の当たりにしているような気持ちになるのです。
 ディスクのこと。<わが生涯より>はいろいろと出ているのですが、こういう音楽のせいなのか、第2番は意外に見当たりません。しかし、作曲者の名前を冠したチェコの往年の名グループ、スメタナ弦楽四重奏団の録音でもう十分なのかも知れません。多分入手しやすいのは1976年録音のDenon盤(日本コロムビア)でしょうが、1962年録音のSupraphon盤(日本コロムビア)も優れた内容だと思います。
 ところで、このスメタナの第2番に似た印象を受ける音楽があったなあ、と思っていたらレオシュ・ヤナーチェク(1854~1928)の2つの弦楽四重奏曲を思い出しました。
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# by ohayashi71 | 2015-09-02 01:24 | 本編 | Comments(0)

はしやすめ その4:フェラ・クティ

 先日、久しぶりに映画館で映画を観ました。ジェイムズ・ブラウン(JB)を主人公にした映画で、大体伝記的なものでした。脚色も入っていたようなので、それは多少差し引くにしても面白く観ました。実は僕はJBの音楽は結構好きで、アルバムも10数枚ぐらいは持っていると思います。彼の膨大な録音歴からするとごく僅かですけれど。で、その中でも最も愛聴しているのは1960年代末から70年代前半にかけての頃のアルバムです。ちょうどJBが<セックスマシーン>とかを歌っていた頃ですね。この時代の彼の音楽はファンクと呼ばれていますが、一糸の乱れも無くバンドが同じフレーズ(ほぼリズムと同義と言って良いと思います)を繰り返す上に、JBの熱狂的なヴォーカルがかぶさってくるもの、という言い方でおおよそ説明が付くはずです。もし、機会があれば<Love Power Peace>と題された1971年パリでのライヴ・アルバムを聴いてみてください。バンドと一体となったJB(と相方のボビー・バード)の凄まじいパフォーマンスは、黒人解放運動やベトナム戦争反対の空気を生み出していた時代の熱気に後押しされたものでもあり、恐らく同じようなオーラを再現することはもはや難しいのではないかと思います。
 さて、ここからようやく本題。
 JBの表現は猥雑さも交えつつの社会批評でもあった側面があると僕は思っていますが、そんなJBに影響を受け、更に自分の直面した不条理な社会の問題に真正面からぶつかっていったのがナイジェリアのミュージシャン、フェラ・クティ(1938~97)です。フェラは自分の音楽をアフロビートと呼びました。それはJBのファンクに民俗音楽(JBだってアフリカ的でしょうが、フェラの場合、更に土着の、という意味で)やジャズの要素を加えたもので、結果こんな音楽になりました。ある種粘着的なリズム・パターンがバンドによって延々と繰り返され、そこにフェラが吹くサックスやキーボードが即興的に、攻撃的に絡みます。それがずっと続きます。しかし、実はこれは後に続く歌の前奏に過ぎません。曲によっては10分以上この状態が続くのです。こうして場の熱が十分に高まったところで、ようやくフェラの歌が始まります。
 彼がしばしばテーマとしたのは当時軍事政権の抑圧化にあったナイジェリアの状況や欧米文明がもたらした社会の歪みであり、それらに対する痛烈な批判や皮肉、反抗的な姿勢でした。そのためフェラは長年にわたり公権力との闘争を続けました。彼の私生活には確かに脱法的と捉えられるような行為もありましたが、公権力はそれ以上に彼の反抗的な音楽表現を恐れました。不当逮捕、収監が何度も行われただけでなく、軍隊による襲撃まで彼に対し公然と行われたのですから(フェラ自身がけがをしただけでなく、彼の母親はこの時の傷が元で死に至りました)、余程のことだと捉えるべきでしょう。
 それでも彼は1980年代の初頭まではこの不屈の姿勢を貫きました。それ以降は宗教的色合いを過度に強めたために、その分音楽的な強度が失われたと言われることもあるそうです。フェラもまた多数の録音を遺しており、僕が知っているのはやはりその一部でしかありませんが、結局最も凄みや熱を感じさせてくれる1970年代の作品が面白いのではないかと思います。
 例えば、軽快なテンポの音楽の中で軍隊をゾンビになぞらえて歌った<ゾンビー(Zombie)>(1976)、投獄経験を歌った<アラグボン・クローズ(Alagbon Close)>(1974)、上述した軍隊による襲撃事件をテーマにした<カラクタ・ショー(Kalakta Show)>(1976)等々。
 カップリングが変わったり廃盤だったりと、いろいろ聴こうと思ってもなかなか面倒な感じはありますが、輸入盤、国内盤、新品、中古、配信、更にベスト盤のいずれを問わず、フェラ・クティという名前にピンと来たらぜひ手を出していただければなあと思います。歌詞はともかくにしても、腰でリズムをついつい取ってしまいたくなるような音楽としての魅力は間違いなくあると思いますので。
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# by ohayashi71 | 2015-08-15 00:29 | はしやすめ | Comments(0)


いつもコンサートの解説をお願いしている若林さんに、毎月オススメのCDを伺います!


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