第35回:ヴェルディ/歌劇<椿姫>

 僕が初めて買ったオペラのレコードはヴェルディの<椿姫>でした。中古LPでしたけれど。そして多分中学2年生か3年生の頃のこと。
 なんで<椿姫>だったのか。正直なところ理由は覚えていないのですが、有名な「乾杯の歌」が気に入っていたのかもしれません。華やかですし。とは言え、当時いくらブルックナーやマーラーの交響曲に少し親しんでいたにしても、2時間じっくりと、しかも英語ですらよく分からないのにイタリア語の歌唱だし、そもそも恋愛感情すらしっかりしていない中学生のガキに大人の人生の機微など分かるはずもなく。つまり、よく楽しむことが出来なかった。
 その後、高校1年の時の音楽の授業で映画仕立てになっていた<椿姫>を見せられても、やっぱりよく分からないままでした。因みにその時の音楽の先生は、今や国際的に活躍されている歌手の波多野睦美さんでした(波多野先生に教わったことは僕の自慢のひとつ。でもまあ僕は「不肖の弟子」みたいなものですが)。
 僕は学生時代を通じてオペラにはとうとうハマらないまま社会人になったのですが、最初の勤務先のホールであったモーツァルトのオペラの上演に関わってみて、ようやくオペラの面白さに気付くようになりました。それでもイタリア・オペラにはピンと来なかった。イタリア・オペラはオペラの王道なのでしょうが、そこに物語の筋についてガチのリアリズムを求めていたのです。メロドラマなんてもってのほか、ぐらいの勢いでしたから。だから当時向き合ってもいいなあ、と思っていたのはヤナーチェクの諸作だったりベルクの<ヴォツェック>ぐらいでしたかねえ。それはそれで非常に浅い捉え方だったし、偏ったものの考え方だったと思っています。
 それからまた年月が流れてみて、僕もそれなりに歳をとってきて、もちろんオペラ公演にも多少は接してみて、ようやくいろいろなオペラを楽しめるぐらいの心もちになってきました。
 そうなってみて改めて<椿姫>を眺めてみると、恋愛もの、特に悲恋もののオペラ作品として最高峰に位置付けていいんじゃないか、ぐらいに今は感じています。子供の頃には分からなかった、見えなかった、聴くことのできなかったもの、歌に載せて表される登場人物たちの心理描写の鮮やかなこと。3つの幕のどれもが無駄の無い素晴らしい進行だと思いますが、例えば第1幕。前奏曲、ヴィオレッタに紹介されるアルフレード、「乾杯の歌」、アルフレードの告白、一人になったヴィオレッタの心の乱れ、そして1幕最後の「ああ、そはかの人か」、「花から花へ」と、次から次へと「いい場面」が続いていくのです。
 さてディスク。<椿姫>に限らないことですが、主要な登場人物たちを歌う歌手も大事ですし、進行役を司る指揮者も大事。実際の公演のライヴ録音の方がより緊迫感はあるかも知れませんが、古いものは録音状態が気になりますし。そういった意味ではもろもろの条件について自分なりの納得できるラインを設定することになるのでしょうが、それも当然聴き手それぞれということで。
 実は僕がいちばん最初に買ったレコードはアントニーノ・ヴォットー指揮のミラノ・スカラ座、1962年録音のもの(DG)でした。ヴィオレッタがレナータ・スコット、アルフレードがジャンニ・ライモンディ、その父ジェルモンがエットーレ・バスティアニーニという配役。改めて聴いてみるとこの3人の立派なこと。録音当時28歳だったスコットの若々しい声は少し硬いものだったかも知れませんが、「花から花へ」なんかは完璧とも言えるぐらいの圧倒的な歌いっぷりだと思います。スコットは1980年にリッカルド・ムーティ指揮のフィルハーモニア管盤(EMI/ワーナー)でもヴィオレッタを歌っており、それはそれで優れていると思いますが、ちょっと風格があり過ぎるかなあと。
 マリア・カラスがヴィオレッタを歌ったディスクもいろいろと出ていますが、残念なのは大概録音状態がそんなにはよろしくないですね。僕が聴いているのはカルロ・マリア・ジュリーニがスカラ座を振った1955年のライヴ録音(EMI/ワーナー)。カラスの他に、ジュゼッペ・ディ・ステファノがアルフレード、バスティアニーニがジェルモンを歌っています。録音状態はともかく、ライヴならではの熱は凄いと思います。
 指揮、という点ではカルロス・クライバーとバイエルン国立管の1977年盤(DG/ユニヴァーサル)でしょう。ヴィオレッタのイレアナ・コトルバシュが可憐すぎるような気もしますが、アルフレードのプラシド・ドミンゴは素晴らしいですし、何よりもクライバーのニュアンス付けとドラマの流れ作りの巧みさは抜群です。
 他にもいろいろなディスクがありますが、今回はひとまずこの3つということで。
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(左からヴォットー盤、ジュリーニ盤、クライバー盤)
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# by ohayashi71 | 2015-03-03 00:28 | 本編 | Comments(0)

第34回:ラモー/オペラからの管弦楽曲集

 前にマラン・マレ(1656~1728)の話をしましたが、今回はマレよりもひと世代下のフランスのバロック時代の作曲家のことを。
 ジャン=フィリップ・ラモー(1683~1764)が活躍した時代は、マレも仕えた「太陽王」ルイ14世とその後継者ルイ15世の時代にあたります。バロック期のフランス文化が最も華やかだった時代とも言えるでしょう。宮廷では娯楽としてばかりでなく、権威や権力の象徴として大がかりな舞台公演がしばしば上演されました。
 バロック・オペラというジャンルは近年になってようやく蘇演の機会も多くなってきてはいますが、モーツァルト以降のオペラに比べるとまだまだ接する機会は少ないと思います。僕にとってもバロック・オペラは敷居が高いジャンルです。それは主に旧約聖書やギリシア神話等を原作とした台本に対して抱く、現代人が普通に期待するであろう演劇性の違いであったり、そもそも上演時間の長さに耐えられなかったり、というところからです。
 まあ、その辺はかつての日本で考えれば、歌舞伎を通し狂言として丸一日かけて観るような感覚だったのでしょう。集中して作品を観続けるというより、劇場(芝居小屋)という空間や雰囲気そのものをたっぷりとゆったりと味わうものだったのかも知れませんね。その意味では、同じように上演時間が長いとは言え、ずっと集中を要求されるヴァーグナーの楽劇なんかとは捉え方が違う、という理解で良いのかなと。
 さて、ラモーに話を戻します。
 ラモーは40歳を過ぎてからオペラを手がけはじめ、結局30近いオペラを発表しました。前述のとおり、彼のオペラ作品の全曲上演もまだまだ進んでいませんが、僕には彼のオペラに含まれている管弦楽曲のCDでお気に入りのものがいくつかあります。いかにもバロック期らしい典雅さもさることながら、ラモーの場合、野趣に富んだと言えるぐらいの大胆な音楽表現を盛り込んでおり、その劇性が面白いのです。また、管弦楽の扱いが同時期のバッハ(16865~1750)やヘンデル(1685~1757)よりも、もっと近代寄りになっており、ヴォリューム的にも楽しく聴けるはずです。因みに、飛躍する言い方かもしれませんが、ラモーのこうした色彩感や劇的表現は後に登場するベルリオーズ(1803~69)にも繋がっていくものだろうとも思います。
 僕が愛聴しているのは、ラモー最後のオペラとなった<ボレアド>からの組曲を収めたフランス・ブリュッヘン指揮の18世紀オーケストラのディスク(Philips)です。その中でも「コントルダンス」という小曲があるのですが、管弦楽ならではのダイナミクスの変化と、各楽器の響きを活かし、吹き上げるような勢いが音楽に与えられており、ワクワクさせられる一品です。そして、こうした表現は、ピリオド奏法でこそ更に面白味が出るものなのだろうと思います。
 ブリュッヘンはラモーのオペラからの管弦楽曲をまとめたCDをいくつか作っていますが、<ボレアド>が入っているものは、今は残念ながら入手しづらいようです。それでも有り難いことに近年はいろいろな古楽系の演奏家が同種のディスクを作っており、例えばマルク・ミンコフスキはルーヴル宮廷音楽隊を指揮して、ラモーの11のオペラから曲を集めた<サンフォニー・イマジネール(空想の交響曲)>というタイトルのアルバム(Archiv)を作っています。ここにも上述の「コントルダンス」は含まれていますが、ブリュッヘンのものとは違った手触りがあり、これも楽しいです。
 そしてもうひとつ挙げるとすれば、素晴らしいチェンバロ奏者でもあるクリストフ・ルセがル・タラン・リリクを指揮したラモーのオペラ序曲集(L’Oiseau Lyre/ユニバーサル)があります。
 オペラ全曲には手が出なくても、こうしたディスクで当時の王侯貴族の驚きや楽しみを追体験してみるのも一興かと。
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(左からブリュッヘン盤、ミンコフスキ盤、ルセ盤)
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# by ohayashi71 | 2015-02-16 22:31 | 本編 | Comments(0)

第33回:シベリウス/交響詩<タピオラ> 作品112

 僕が初めて聴いたジャン・シベリウス(1865~1957)の作品と言うと、やっぱり交響詩<フィンランディア> 作品26でした。勇壮さと清澄さが分かりやすく置かれているので人気曲になるのも当然と言えば当然なのかも知れませんが、だからと言って僕はスッとシベリウス好きにはならなかったですね。
 本当に彼の音楽に興味を持てたのは大学2回生の時に交響曲第1番ホ短調 作品39をオケで実際にやった時でした。もっとも、僕は本番のステージではなくて、練習の時だけの代役でオーボエを吹いただけでしたけれど。それでもその間に僕はシベリウスの音楽の素晴らしさに強く惹かれるようになったことは事実です。シベリウスの交響曲第1番は、例えば同時代のグスタフ・マーラー(1860~1911)の最初の4つの交響曲ほどには神経質なぐらいの強烈な主張は無いかも知れません。それでも良い意味でのきめの粗さが情熱的なものとして捉えられ、かつ民族的な躍動感や叙情性が音楽に自然な流れを与えており、聴き手に強い共感と高揚感をもたらしてくれる作品だと思います。
 ということで、そこから僕はシベリウスの他の作品にも興味を持つようになっていきました。聴いてみると管弦楽作品はどれもこれも素晴らしい。7曲ある番号付きの交響曲はどれも個性的で面白いし、結構な数になる交響詩も曲の大小に関わらず優れたものが多いと思います(ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47も当然名曲ですけれど)。だからここでとりあえずの1曲をどうしようと考えてみると、本当に決められなくて困りました。
 困った挙句で挙げてみるのは交響詩<タピオラ> 作品112です。<タピオラ>は1925年、シベリウスが60歳の年に完成しており、彼にとって最後の一連の交響詩の中で最後にあたる作品です。しかも彼はその後91歳で亡くなるまでほとんどまとまった作品を手がけておらず、<タピオラ>は彼のほぼ最後の作品と言ってしまっても良いぐらいの曲でもあるのです。
 タピオラはフィンランドの叙情詩<カレワラ>に登場する森の神であるタピオの土地という意味のようですが、シベリウスはそれまでに書いた<カレワラ>に基づく交響詩とは異なり、交響詩<タピオラ>では特に物語を描いた訳では無いそうです。だからここで表現されているのはイメージの中の森とその空気感ということになるのでしょうか。
 実際の作品はどうか。ここでそんなに多くの素材をシベリウスは用いていません。民族的な節回し(古い教会旋法にも通じる)の素材や主題的旋律は確かに存在はしていますが(それとても地味なものかも知れませんが)、それらが線的な(対位法的な)意味で曲の構成をがっちり支配している訳ではなく、それらは抑制されているけれど巧みな響きの変化(音色、音量)がもたらす劇的表現と結び付くことで独特な音空間を生み出しているのです。
 この音の空間。ある時はクリアで硬質なものであり、またある時は茫洋と、朦朧とした霧の壁のような響きでもあります。イメージの中の森と言いましたが、それをまた旋律に依らず響きの抽象性で描き切ることの凄さ。空気感を音で表す、という意味では飛躍してしまいますが、例えば街の雑踏や喧騒も含めて描いたチャールズ・アイヴズ(1874~1954)の<宵闇のセントラルパーク>(1906年)や、粒子の動きを顕微鏡で覗いたかのようなジェルジ・リゲティ(1923~2006)の<アトモスフェール>(1961年)等と同じカテゴリーに入れてもおかしくないぐらいの新しい音楽表現であったようにも思います。しかし、その意味でそれがシベリウスの臨界点であり、究極的な表現だったのかも知れません。
 さて<タピオラ>のディスク。どうしても<フィンランディア>とかの方が目立っていますが、数的には<タピオラ>も結構ありますし、優れた演奏も多いように思います。僕がいろいろ聴いた中ではレイフ・セーゲルスタム/ヘルシンキ・フィル(1994年録音)(Ondine)と、パーヴォ・ベルグルンド/ボーンマス交響楽団(1972年録音)(Warner Classics)といった辺りが特にぴったりとハマっています。
  ところで、<タピオラ>を聴いていて僕がふと思い出したのが長谷川等伯(1539~1610)の有名な<松林図屏風>です。シベリウスが描いたフィンランドの森とはもちろん違うけれど、何か相通じるような空気感がそこには漂っているような気がしてなりません。

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# by ohayashi71 | 2015-01-06 01:40 | 本編 | Comments(0)

第32回:ショパン/スケルツォ第2番変ロ短調 作品31

 フレデリック・ショパン(1810~49)の曲でどれかひとつ、というのはとても難しいことです。僕が愛聴しているのは<舟歌>嬰ヘ長調 作品60や<幻想ポロネーズ(ポロネーズ第7番)>変イ長調 作品61といった彼の(早過ぎる)晩年に書かれた作品ですが、言うまでもなくその他にも名曲が多数。名演も多数。
 という前提でまた悩んで、かと言ってショパンをずっとここでやらないのもどうかと思うし。ということで、とにかくで今回挙げてみたのが<スケルツォ第2番>変ロ短調 作品31です。ショパンの作品中でも上から数えた方が早いであろう有名な曲を。
 暗いつぶやきと1小節の全休止。そしてオクターヴの上向きの跳躍を伴う決然としたフレーズ。この問答のような曲の始まりはとても印象的です。この変ロ短調の縦方向の動きに続いて、左手のアルペジオに乗って変ニ長調で旋律的な(=横方向の動き)フレーズが現れます。con anima(活気をもって)と指示されているこのフレーズが高まりff(フォルテッィシモ)に至る所までが最初の部分。これが大体同じように繰り返されると中間部に入ります。
 イ長調で叙情的に始まる中間部は、愁いを帯びた嬰ハ短調のフレーズで動き出し、ホ長調で軽やかに駆け回ります。この部分も同じように繰り返されます。そこから一気に音楽の表情は厳しいものに変わり、情熱の昂りが叩きつけるように激しく描かれていきます。
 それが収まって最初の部分が帰ってきます。コーダでは再び盛り上がりを見せて変ニ長調で終わります。
 少し曲のつくりにこだわってみましたが、演奏時間にして大体10分程度の独奏曲にしては感情的な起伏の移り変わりが大きいようにも思えます。「スケルツォ」は音楽的には、一般に「諧謔的な」とか「冗談のような」という感じの曲とされていますが、ショパンの場合はややこの定義からは外れている、と見做されることもあるようです。確かに「笑い」の要素は非常に薄いと思いますし、むしろ深刻さや悲愴感すら漂っているかもしれません。ただ、気分の移り変わりの激しさ、その幅の大きさといったもの自体が辛口の「諧謔」であり「冗談」であるのではないでしょうか。
 さて、そんな<スケルツォ第2番>のレコード。
 僕が最初に気に入ったのはマルタ・アルゲリッチの1974年録音盤(DG/ユニヴァーサル)でした。叙情的な表情をきちんと抑えつつ、でもそれ以上に圧倒的で奔放な表現がとても素晴らしいと思います。他にもこれまでにいろいろなピアニストの録音(実演も当然ありますが)は聴きましたが、僕の性にいちばんぴったり来るのはアルトゥーロ・ベネディッティ=ミケランジェリの1971年録音盤(DG/ユニヴァーサル)です。アルゲリッチが9分かからない程度で弾き切るのに対し、ベネディッティ=ミケランジェリは大体11分ぐらいかけています。その遅さは曲全体を平均的なテンポでずっと弾くのではなくて、フレーズの変わり目やその中で息を整え直すタイミングで少しテンポを揺らしており、そういうことも含めてその演奏時間を要した、ということです。また旋律に偏らない音量のバランス(アルゲリッチが偏り過ぎている訳ではありませんが)であったり、特に中間部の叙情的な部分での余りにも繊細に響かせる和音の美しさなど、聴きどころの沢山ある演奏だとも思っています。
 テンポの採り方や揺らし方、装飾音の扱いを含めた歌い回し、音の響かせ方など、ショパンの曲には単に音符を並べ切るだけでは済まない表現が絶対的に求められるように思いますが、そのさじ加減をひとつ間違えると曲自体が薄っぺらいものに聴こえてしまう危うさも隠されているとも思います。とは言え、そうした要素の組合せ方はさまざまですし、僕たち聴き手が求めるものや受け止められるものもさまざまです。<スケルツォ第2番>だと、若林の場合はベネディッティ=ミケランジェリがしっくりきているようだ、という程度に捉えていただければそれで良いと思います。

 余談。
 その昔、ショパンについて僕が大分の財団機関誌<emo>に書いた記事がまだネット上で生きているので、ご興味のある方はどうぞ。因みに何故かスケルツォについての記述が落ちていますので悪しからず。
http://www.emo.or.jp/emo/organ/backnumber/formerback/emo/backnumber/25/tokushu/index.html
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# by ohayashi71 | 2014-12-19 23:40 | 本編 | Comments(0)

第31回:シュミット/交響曲第4番ハ長調

 まだここでは取り上げていませんが、僕にとってアントン・ブルックナー(1824~96)の交響曲はとても大事な存在です。人生の上で、と言ってよいぐらい、にです。中学から高校の数年間は、毎日ブルックナーの交響曲のどれかのどこかの楽章を必ず聴いていました。その後、大学、社会人と年を経て、いろいろな作曲家の音楽を聴いて「あれもこれも」と思うようにはなりましたが、今でもブルックナーは別格であることには変わりありません。
 さて、その昔僕がまだ<レコード芸術>などという雑誌を購読していた時代だから高校生の頃だったのでしょうか、ブルックナーやグスタフ・マーラー(1860~1911)の交響曲の流れに繋がる作品としてフランツ・シュミット(1874~1939)というオーストリアの作曲家の<交響曲第4番ハ長調>について書かれている一文に出会いました。前田昭雄さんという音楽学者が書いたウィーン在住時代の思い出などを交えたエッセイのような文章で、その中でシュミットの<交響曲第4番>が出てきたのです。正確な表現は覚えていませんが、ウィーンの街を歩いている時に、ふとシュミットの交響曲の冒頭のトランペットの旋律が聞こえてくるようでちょっとした寒々しさを感じた、というようなことでなかったかと思います。
 シュミットはブルックナーがウィーンで教えた直接の弟子にあたる人物であり、マーラーがウィーン国立歌劇場の指揮者を務めていた時代にオーケストラでチェロ奏者を務めていたそうです。ドイツ後期ロマン派の時代にどっぷり生きた人物と言えるでしょう。そんなシュミットに、ブルックナー好きの僕は当然のように飛びつきました。
 前述の前田さんの文章の記憶があるうちのはずなので、僕は多分大学生の頃にはシュミットのこの交響曲のCDを手にしていました。それはズービン・メータ指揮のウィーン・フィルの演奏による1971年録音のもの(Decca/ユニヴァーサル)で、前田さんが挙げていたものもそれだったはずです。
 まず曲は大きく4つの部分に分けられますが、45分強の間、切れ目なく続きます。その冒頭が問題のトランペットです。アレグロ・モデラートのテンポで、22小節もの間完全にトランペット1本だけで旋律を吹き続けるのです。しかも、その旋律は虚ろで焦点の定まらない感じで半音階的に動きます。なるほど、これが19世紀末の風情を残す古色蒼然とした街並みの中で聞こえてくるのであれば、確かに哀しみを湛えた寒々しさが滲み出てくるように思います。
 そのトランペットの流れは全管弦楽に広まってやがて落ち着くと、今度は深い溜息にも似た旋律が現われます。最初の部分はこれら2つの旋律で息の長い音楽として進められます。第2の部分は更に憂いや悲しみの色合いが増し、絶望的で重々しい葬送のような感じになっていきます。第3の部分は、そこから一転して動きのあるスケルツォのような音楽ですが、あのトランペットの旋律も聴こえてきます。頂点に達したところで音楽は崩落し、最終部分として第1の部分が再帰してきます。最後は静かな弦の響きの上にまたトランペットが冒頭と同じ旋律を吹いて、静けさの中に帰って行きます。
 シュミットがこの交響曲を手がけたきっかけは一人娘に先立たれたためだったそうで、曲は1933年に完成されました。個人的な追悼としての音楽ではあるのかも知れませんが、僕はこの曲はもっと普遍的なレヴェルでの哀しみ、あるいは深い黄昏の色合いをも表した傑作であろうと思っています。因みに、シュミットの他の交響曲も知らない訳ではありませんが、正直なところ、第4番ほどの大きな存在ではないように思います。第4番の突出ぶりが異様なのです。
 さて、ディスク。そう多くはありませんが、やはりメータ/ウィーン・フィルは出色。音楽の大きなうねりが実に感動的なのですが、これはブルックナーやマーラーの名演を数多く聴かせてくれるウィーン・フィルだからこその演奏でしょう。ただし、今はCDでは入手しづらいかも知れませんが、i TunesとかAmazonのMP3であればいけるようです。
 その他に挙げておくとすれば、ヤコフ・クライツベルク指揮のオランダ・フィル(Penta Tone)とか。

f0306605_0404569.jpg(メータ盤)
 
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# by ohayashi71 | 2014-12-01 00:41 | 本編 | Comments(0)


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